詠みは「ゴミ」に掛かる方。
気持ちの有り様と同じ音、同じ標記というのは何とも微妙。
まぁヒトのしでかす事。
遣ってる本人としては違う心算かもしれないが、視座をずらせば現象は同じ...なのかな?
足りなかったり無かったり悪かったりすると(文字通りに「ひらがな」にして一文字消して再変換すると)侮蔑。
知らない者は怖い物。
似て非なるものは嫌な物。
切欠は、いつでも偶々の廻り合わせの一瞬でしかない。
が、
沢山持ってる者ほど「嫌いな者」が多いのは何故なんだろ?
(基準点は曖昧だが臭いだったり表情だったり、一目瞭然の化学反応は確実に起きる...起こしてしまう...ヒトだから)
少しでも余計に感じたら、切り離せれば良いのに。
欲しがってる奴に欲しいものを欲しいだけ。
同時に
要らない者は居なくても善い。
で
「オツム」の「幸福の王子」の様に、朽ち果てて誰の記憶にも残らない。
普通は、
知人と他人、食い物の「死」に価値やら重さやらを付けるみたいだけども。
(確かにコレですら家族の死は未だに受け入れ切れていないから...未だに気配だけが残ってる気がするし。でも居ない事だけは事実だ)
コレ自身の問題に絞れば、途端に選択肢が要らなくなる。
...面倒。
恵まれてるから持て余してるだけと言う謗りは正解♪
ただし、
これも単純な偶然の産物。
突き壊すのに大層な手数は要らない。
コレが仕掛けるより、コレに仕掛けるほうが余程、楽だ。
(なんせ手の内は全部わかってるし)
試行錯誤を繰り返せるのは、たぶん、違う目が出るかもしれないという期待が「ないわけでもないかもしれない」程度のことの積み重ねだろう。
「悪い種から~」ってのは、今更ながらコレの確信に近い。
コメント
私の今日の日記とリンクしてる???
たまたまの偶然。
奇遇ですなぁ~ってヤツ?
私の思いすぎ??
て、ところでkajさんは霊的なもの どう思いますか?
一時期、見えてたんですよ(正確には見えていると認識してしまっている)
だからって訳でもないですけれど、
信じたいものってのは、信じることが出来るかもしれないとは思ってます。
というか、
誰でも何でも良いから、この嘘吐きを上手に騙してくれないかなぁとは、
いつも思ってます。
...内容のリンク性については想像にお任せします♪
(ちなみに表の上半分は、昨日の内に書いてたものですが...)